2015.6.25の日記

以前のホームページより抜粋しています。(Thu.06.25.2015の日記より)

6/6 くじらぐも8周年記念ライブ 「星めぐりの時間」
今年も三木千夏ちゃんとcafeくじらぐもの記念ライブをやらせていただきました
ともに時間を過ごしてくださったみなさん、ありがとうー

できあがったばかりのウッドデッキをステージに、お客様はお庭からライブを眺めるシチュエーション

前日はものすごい大雨だったけれど
ライブ当日は見事に晴れてくれてほんとによかった

空気がひんやりして 夏の虫なんてぜんぜんいなくて
冬みたいに寒く感じるくらい

オーナーのやーさんが入れてくれたあたたかいコーヒーを飲みながら
音楽を聞いていただきました

暮れゆく空
ちょっとずつ星が見えて月が見えて
終わったときはキャンドルの灯りに包まれて

ステージ装飾は今年もまいちゃんの手によるもの
手作りの灯籠はやさしい灯りだったな

今年もまるさんより写真をいただきましたので、どどどんと掲載します

2012.10.4の日記

以前のホームページより抜粋しています(Thu.10.04.2012の日記より)
夕暮れの時間

病院の廊下の窓から見える東京タワーをながめている
おねえちゃんを見つけたとき

姉がどんな気持ちでいるか
わたしにはわかった気がしました

ただじーっと ながめている
おねえちゃんの背中に
なんと声をかけてよいか 
わたしは一瞬とまどってしまったけれど

すぐに
「ここにいたんだ、今日もきれいだね、東京タワー」
って明るい声を出して話しかけて
おねえちゃんも、いつもの感じで
「そうだね、きれいだね」って
こたえてくれて

病気が再発したと告知されたその日の前日は
もうこの世の終わりのようでした

病気になって
たくさんの苦しいことにもいつも前向きにがんばってきたおねえちゃんが
初めて弱音を言いました

絶えて絶えて絶えてきたのに
また再発ですか・・・

突きつけられた現実が本当の絶望にならないように
わたしはいろんなコトバでお姉ちゃんに話しをしました
どんなコトバを選べば
おねえちゃんが前を向いてくれるか
困惑しながらも必死で話しかけました
おねえちゃんに伝わるように

でも本当はこれからどうしていけばいいのかわからなくて
何もこたえがみつからないままその晩病院を出ました

翌日
おねえちゃんはとても落ち着いているふうに見えました

窓からの外の景色や東京タワーを
あの日、おねえちゃんがどんな気持ちでみつめていたか
わたしは今でもずっとずっと考えています

あの日のおねえちゃんが変わらず私のなかにいます

きょうは10月4日でした
大事な日でした

2012.7.18の日記

以前のホームページより抜粋しています(Wed.07.18.2012の日記より)

おいしいものが食べたい
きれいなお洋服が着たい
好きな人と話しがいたい
きもちよい暮らしがしたい
生きているって感じたい
好きな仕事がしたい
唄いたい
笑いたい
美しくなりたい
いつまでも若々しくいたい

心に宿る、たくさんの欲望や希望
考えてみたら、わたしの毎日は、いろんな欲ばかり

もし
わたしの肉体が滅びてしまったら
こんな欲望は ぜんぶゼロになるんだよね

梅雨が終わり、ほんとうの夏がきました
東京と変わらない暑さの北陸にて
哀しいお知らせを受け取りました

どうして
なぜ
そんな疑問と一緒に思い出すのは 
笑顔のシーンばかりです

たくさん優しくしていただきました
どの方よりも
わたしは緊張せずにお話ができた人

最後にお別れしたのは1年前の夏
大きなイベントが終ったあと、
私はその方とhugをして「お世話になりました」とお別れをしました
「またお会いしたいです」というきもちを込めて
お別れをしたつもりでした

義理の母のこともそうだったけれど
自分と関わった方がこの世を去ってしまうことは
ほんとうに哀しくて寂しいです

ずっと考えています
明日も
変わらない朝が来るとは限らないってこと

だからこそ
毎日、全力で生き抜かなくてはいけないんだってこと

たくさん優しくしてくださりありがとうございました
ただただ感謝のきもちばかりが溢れています
心よりご冥福をお祈りいたします

2011.9.10の日記

(Sat.09.10.2011の日記より)
海の見える場所で
短い旅だった

海の見えるその場所で
たくさんの心に触れた3日間だった

無遠慮に話すわたしを 好きな人も嫌いな人もいるだろう
でも、最後まで私は私でいられた

私には すべての人が優しく感じたし
さよならするのがつらかった

あなたが好き
あなたと一緒に笑いたい
あなたの心を知りたい
もっと 近づきたい 

気がつけば、たくさんの人にそう思えるようになっていた

心の壁をとりなさい、と
昔の親友が私によく言っていたけれど
あの頃はできなかったな
自分を放っておいてほしかった20代前半

壁をとって
すなおになって
周りの人を受け入れて
そして自分も受け入れる

そういうことが やっと やっと わかってきた

いしちゃんは笑ったほうがいいよ

繰り返し言ってた かつての親友が愛おしい

近いようで 遠いようで
他人との距離は 夢の距離にも似ている

本当のところはわからない
夢はどこまで近づいているのか
わたしと誰かの距離のこととか
誰かと誰かの距離とか

だから
夢のことも
人とのことも
この手に掴むまで とにかく一歩前に出る
今はそれしかない な

お世話になったすべての人に感謝しています
優しくしてくださり ありがとうございました

また いつか 
また いつか

2011.8.26の日記

以前のホームページより抜粋しています(Fri.08.26.2011の日記より)

ことばが大事になったり
ことばが邪魔になったり

感情人間のわたしには
時に、ことばが味方にも敵にも

昨夜はことばが味方になってくれた
曖昧なこと
不透明だったこと
それらは
ことばになり
深い闇から私を救ってくれた

優しい涙が流れた
優しい涙を見た

彼の涙も
彼女の涙も

深く意味のある涙だった

ことばなんてなくても通じ合うことってすてき
そう思う反面
やはりことばがないと不安にもなる

愛しい人にはいつも
「あなたは私の大事なひとだから」と
伝えよう

だから
あなたも伝えてほしい

あなたの大事な人へ
「あなたは私の大事なひとだから」と
伝えてあげてほしい

ともだち
こいびと
ふうふ
おやこ

私には大事な人がたくさんいるんだな

2011.2.2の日記

以前のホームページより抜粋しています(Wed.02.02.2011の日記より)

きもちおばけ

聞こえているでしょうか、わたしの声が
届いているでしょうか、わたしのことばが

心の中でつぶやく 小さな叫び

届けたいけれど
届けてはいけないような気がして
私の胸のなかで くすぶっています

何が正しいのか、と考えたところで、
答えなど出るはずもなく

きもちのままに生きてゆこう、と考えたところで、
果たしてほんとうにそれが希望する道なのか、とも思うわけで

結局のところ
私という人は
死ぬまで、こんなふうに、迷い続けてゆくのでしょうか

心の壁をはがしてしまったら
とめどもなく、流れだしてしまう、泥のような感情を
今は、しっかりとせき止めることでせいいっぱいです

2011.2.19の日記

以前のホームページより抜粋しています(Sat.02.19.2011の日記より)

きょうのマミーちゃん
久しぶりにたくさんおしゃべりしてくれました

私の名前も言ってくれたし、
自分から手を差し出して強く握ってくれて

カルピスも数口飲めたし、
明日もまたくるよーって伝えたら、小さな唇が「うれしい」と動いてくれた

頬をすりよせてしまうくらいに
わたしたちは、とても近い距離で、話すのだ

というか、実はときどき「ちゅっ」てしてる
好きで好きで、かわいらしいと思う
私のマミーちゃん

出逢えてよかった

みんなが言うの
「あら、ほんとの親子じゃないのですか」って

はい、もう、ほんとの親子になったのですよ

マミーちゃんがきょう調子がよかったのは、
きっとyukiちゃんのおかげだと思う

yukiちゃんは私に逢うたびに
「マミーちゃんはお元気ですか」と気にして聞いてくれる

きょうだって、病院に行く前に一緒に
yukiちゃんとひでじとランチしていたとき
マミーちゃんのことを何度も話しのなかで言ってくれていた

そのパワーがきっとマミーちゃんに届いたんだ

yukiちゃん、ありがと

マミーちゃん、また、明日も元気でいてね

2011.1.2の日記

以前のホームページより抜粋しています(2011.1.2の日記より)

「パリの想い出」

パリは本当に寒かった。

雪が降っていても
雨が降っていても
とても晴れた日でも
とにかく寒くて寒くて仕方なかった。

ヒートテックとかタイツとかホッカイロとか
とにかく重ねて着込んだけれど
それでも寒さからは逃れられなかった。

クリスマスイブの夜。
パリ在住の方にすてきなレストランをたくさん紹介してもらったけれど、
どこも予約でいっぱい。
思考を変えて、ホテルでおいしいものを食べるために
ギャラリーラファイエットへ。
でも着いた途端に「あと15分で閉店です」のアナウンス。
(しかも日本語で!)
慌ててお惣菜やらワインやらを買い占め、ささやかなイブを過ごした。

この旅。
高級なレストランには入らず、
東京で言えば居酒屋さんの価格帯のお店で、あちこちのビストロで食事をした。

パリはとにかく飲食店が多い。
数が半端じゃないと思う。
あんなにお店があって大丈夫なんだろうかって思うくらい。

アラカルトを注文するお店でも、
メニューには、前菜とメインデッシュがわかれて書かれている。
現地の人達を見ると、締めにデザートもオーダーしていたけれど、
私は二皿でいつもお腹いっぱいになった。
アメリカほどビッグポーションではなかったけれど、
やっぱり東京よりは盛りがやや大きめ。
ワインも飲んで、だいたいいつも3000円-4000円/人だった。
東京よりはお得感がある。

メニューには英語表記がないところも多く、
その度に「説明してください」とお願いをするわたし。

話せなくてもせめてメニューくらいはフランス語でわかるようになりたい。
そう思って、パリで立ち寄った料理学校の関係者の方から、
食品に関する英語×フランス語辞書をいただいて帰った。
(時間があるときは、それを眺めて勉強している。)

街のデリカテッセンやマルシェ。
おいしそうなお惣菜やケーキが並び、
ブーランジェリーではおいしそうなパンがいっぱい。
歩いているだけで、目移りがした。

どのお店もサンドウィッチはおいしかった。
噂通り、パンのレベルは相当高い。

初めてのパリ。
たった3日ではあまりにも時間が足りなかった。

凱旋門もエッフェル塔も
そのスケール感に圧倒されたけれど、
寒くなかったらもっとゆっくり堪能したかった。

ルーブル美術館もポンピドーセンターも
慌ただしく見てしまった。

行きたかったところはたくさんあったのに、
結局私が最優先するのは「食べること」。
胃袋の続くかぎり、おいしいものを求めた旅だった。

「ブリュッセルの想い出」

パリからたったの1時間半で着くはずだったブリュッセルへの移動。
まさかあんなに遅れるとは思わなかった。

パリの寒い北駅で電車を待つ長い時間。
不安だった。
構内アナウンスが何度もあるが、フランス語がわからないので、
何がどうなっているのかよくわからない。
大きな荷物もあるし、座る場所もない。
小さなストーブを囲んで、たくさんの旅人に混じってじっと電車を待つ。

いろんな国の人がいた。
英語もフランス語もオランダ語もドイツ語も中国語も。
ただ電車を待つだけの場所に、いろんな人種が集まっている。

日本を出ると、こんな当たり前の状況にいちいち「違う」ことを確認してしまう。
欧米人には私はおそらく中国人に見えたに違いない。

ガイドブックによれば、ブリュッセルにはアールヌーボ建築の宝庫と。
代表的なところでは「オルタ邸」「ブリュッセル中央駅」「漫画博物館」「楽器博物館」
そのほかにも、古いショッピングアーケードなど、
街のいたるところにその建築様式が残っていて、それを巡る時間がとても楽しかった。

ブリュッセルはパリほど都会ではなく、こじんまりとしていて、
なんだか人も優しい感じがした。
ベルギー料理といえば魚貝類中心のメニューが多く、
なかでもムール貝の蒸し煮とクロケット(=コロッケ)は毎日食べていたし。

雪が残った町並み
初めて来たけれど、とても気持ちがおちついた。
雪を踏みしめるあの感触、なつかしい。
雪が降っているとそんなに寒くないってことも思い出した。
湿気があるので、晴れている日よりもあたたたく感じる。

なんでかな
ここなら住んでもいいな、と思えた街だった。

「アントワープの想い出」

ブリュッセルから電車でたったの40分。
今回の旅の一番の目的だった街、アントワープ。
首都ブリュッセルに比べると小さな街だけれど、
なんとなくずっと惹かれていた街だった。

駅舎がなんていってもビューティフル。
絶対見たほうがいいよ、とベルギー在住の知り合いに言われていたとおり、
そのスケール感と歴史のある重みに圧倒。
アントワープに到着してから、しばらくずっと駅の中を歩き回っていた。

この日はちょうど晴れ間の見えた日。
溶け出した雪道をこけないように歩くのが大変だった。

メインストリートには学生らしき若者たちが溢れ、
町中がハッピーホリデーに向かってにぎやかで、
しんしんと降る雪のパリよりも、気持ちが幾分明るくなった。

アントワープにはとてもおしゃれなお店が多くて
小道に並んだかわいらしいお店を廻るのが楽しかった。
大好きな靴屋さんのこれまたおしゃれな店員さんに、
おすすめベジタリアンレストランを教えてもらって
近くのカフェでランチをとった。
平日だけど、お店のなかはたくさんのお客さんでいっぱい。
雰囲気はまるで東京のカフェに似ていて、なんだか安心できた。

アントワープで一番感激したのは教会。
今回、いろいろ教会を見て廻ったけれど、一番の感動は
「アントワープ・ノートルダム大聖堂」
(フランダースの犬でも有名らしいけど)

たった5ユーロでこういうものに触れることができるなんて
すばらしい!

2011.1.11の日記

以前のホームページより抜粋しています(Tue.01.11.2011の日記より)

もうすぐ
今月からいよいよvice versaのレコーディング作業が開始。
2年ぶりの制作なので、心が躍ります。

わたしは
レコーディングの現場がとても好きです。
ものすごい緊張感と、集中している空気のなかで、
メンバーと呼吸を合わせて音を重ねてゆく時間が
この上なく愛しいと思っています。

大抵、一日に何曲も唄うことが多いので、
のどの調子や体力がいつも心配だけれど、
声が枯れたり、体調が悪くなったことは不思議に一度もありません。

いままで曖昧に表現していた歌唱をひとつひとつ丁寧に掘り下げ
確認していく作業に集中している今日この頃。
これが自分の糧となっていることにあらためて気づかされます。

丁寧に自分の唄を見つめること。
それを無くして、自分の積み重ねはないですね。

テンポやリズムを感じること、
最初の音の入り方、
ひとつのフレーズの終り方、
一音のスピード感、
声色はどんなふうに、
口の開け方、閉じ方、
話すように唄うのか、
叫ぶように唄うのか、

とかとか・・・。

まだ、自分の唄に自分で期待していたい、
まだ、自分にがっかりしたくない、

制作の最後までできるだけのことをやりたいと思います。

2010.8.29の日記

以前のホームページより抜粋しています(Sun.08.29.2010の日記より)

高崎ライブの翌日は、柏studio Wuuで弾き語りライブでした

ひとりきりのライブはとてもこころもとなく
さびしい気もしました
隣にいつもいるマツオさんがいないので
とても不安になる

うまくもないギターをつまびきながら
不安な気持ちのままステージに立ち、唄を唄う

私はなぜこんなことをしているのだろう

そんなことをふと考えてみたりした夜でした

絶対的憧れの気持ちがあれば
ぜったいその夢はかなうはず
マツオさんが私にいつかそう言っていたように

ギターがうまくなりたい!
私のなかで
そんな絶対的憧れが産まれています

今年の2月にご一緒させていただいたハシケンさん
ハシケンさんは実にかっこよかったです
その姿すべてがかっこいいなと思いました
まさに!憧れの対象です

ハシケンさんはとてもたかそうなギターを使っていました
すげええーすげええー、と
うまくなったらああいうギターを扱えるんだなあ

不思議です
憧れの矛先がどんどん変化してゆく

私はやっぱりがんばれるはず

ミュージシャンとして
シンガーとして
その前に1人の人間として

超えなくてはいけない壁のようなもの

そこから逃げてはいけない

のびのびと唄うタイバンのみなさんの演奏を聞きながら
うらやましく思いました

私もいつか一人のステージでも
のびのびと唄う日がくるはず

聞いてくださったみなさま
ありがとうございました

WUUのオーナーのてっしーさんや明子さん
おぐらさんに
いつも感謝感謝のきもちでいっぱいです