2月22日

2018.2.23

今年も2月22日が終わりました。

8年になります、姉が亡くなって。
早いような、そうでもないような。

今年の2/22は、谷中のカフェで夜を過ごしました。
「夜の読書館」という本を読むための時間のカフェ。

声を発してはいけないルール。おもしろいですよね。
レコードをBGMに、静かに本を読みました。
すごく気持ちが集中できて、頭がすっきりしました。

帰り道はとても寒くて。
電車の中でぎゅっと目をつぶったら、姉のことを考えていました。

おねえちゃんは思えば優しい人だったなあって。
いつも「和」の人で、波風たてないようにしてて。
わたしはそんな姉に甘えて、いつもすぐにキレて怒って。

どうでもいいことにわたしは腹をたて、1年以上連絡とらなかったこともありました。
わたし、バカでした。
親のような姉に思いっきり甘えてて。

そんなことばかりを考えてしまう。
8年経っても「ごめんね」ばかりです。

愛、アムール

2018.2.23



あと数日で、これまでのサイト(http://ayuko.petit.cc/)を閉じることにしました。
契約をやめるとすべてのデータが消えるので、ふと日記を読み返してみました。

以下の文は2013年3月のある日の日記です。割と本音を書いています。

* * * * *

映画「愛、アムール」を観た

なぜこの映画を見たか
主人公のアンヌ役を演じた、エマニュエル・リヴァさんが義母のマミーちゃんにそっくりだったから

色白でしみひとつなく、しわもほとんどなく、
どの病院に行っても「お母さん、きれいなおばあちゃんね」と褒められた自慢の義母は、去年5月に天に召された

自分のほんとうの親よりも、私はマミーちゃんのことが好きだった
祖母と孫のような年の差だったということもよかったのかもしれないが
なによりも、マミーちゃんは優しくて楽しい人だった
ユーモアがあって笑顔もあった
自分のわがままをいっさい言わない人だった
(もちろん、嫁の私に気を使っていたのだと思うけれど)

マミーちゃんが東京に来てくれたおかげで
「ほんとうの家族の風景」というものを生まれて初めて知ったような気がした
すごく嬉しかったし幸せだった

同居から最期までの5年半、ほんとうにいろんなことがあった
どきどきするようなことがたくさんあった
経験したことはすべてが初めてのことだったけれど
でもおかげで、病院も病気もICUも介護も怖くなくなった
病院を転々としたあと、マミーちゃんを安心して預けられる病院がみつからず
自宅に戻して介護を始めた
覚悟はしていたけれど、精神的に壊れることが多くなった
無意識で声がとまらないマミーちゃんにどなってしまったことが数回ある
あのときは、自分で自分をとめられなかった
なんでそんなことをしてしまったのだろう
私は最低だと思う

* * * * *

この映画は、病気のアンヌを介護していく夫の献身的な姿がストーリーの半分以上を占める
病気の進行に伴い、アンヌはまともではなくなってゆき、夫の負荷は高くなってゆくばかり

アンヌとマミーちゃんが重なって見えてしまい、ほぼ全編涙がとまならなかった
介護の大変さも思い出したけれど、
介護されるほうの辛さも映画から伝わってきたからだ

ある日、おもらしをしてしまい、強烈なショックを受け自分を恥じるアンヌ
泣き崩れ興奮するアンヌをなだめる夫

マミーちゃんも同じだった
おもらしやパンツのなかで尿が出てしまったことをとても恥じていた
私の知らない間に、生理用のナプキンをヘルパーさんに買ってきてもらい、
いつもそれをパンツにつけるようになった

昨日までできていたことが今日はできない
人間としてステージが落ちたそのショックは大きいはず
人はそうやって自分の老いを静かに受け止めてゆくのだろうか

この映画は音楽もなく、淡々とストーリーが進んでゆく
まるでドキュメンタリーフィルムのよう
淡々としている時間の経過のなかで突然フィナーレがくる

切なかった
でもあれは夫の最後の「愛」だと思った

マミーちゃんは90歳を目前にこの世を去った

ゴーギャン タヒチ、楽園の旅

2018.2.7

先週末に見た映画に影響され、今日は図書館でゴーギャンの作品集を眺めて午後が終わる。
西洋と野性の狭間に生きた絵描き、ゴーギャン。
プリミティブな光をタヒチに求めたその凄まじい生き方に圧倒されてしまった。
自分を信じきる強さはどこからくるんだろう。
絵が売れなくても、社会的評価を受けなくても、それでも、自分の信念を貫くこと、そのことがどんなに苦しいことくらいかは想像がつく。
時代に関係なく、自分の天命に従って生きるのは、時に他人からの理解を得るのは難しい。
でも関係ないんだな、他人の目なんて。
だってそれがその人の生きる道なのだから。

ゴーギャンは2年のタヒチの暮らしを終え、母国フランスに戻る。
映画はそこで終わっているが、実はその後もまたタヒチで暮らしたということを知る。
ほんとうに彼の楽園は都会ではなく、原始的な場所だったのだな、と勝手に思う。
http://gauguin-film.com/

主演のヴァンサンカッセルがとてもすてきだったし、タヒチの原住民の衣装がわたしには魅力的だった。
ああいう服が着たいです。

旅をしてきました。リスボン4

2018.1.29

リスボンから車で1時間ほどの町へ。 感動の再会の一日。
広大な緑の景色、太陽が近い空、たくさんの野菜や果実や花が溢れているガーデン。都会のリスボンとはまた違った風景を見ました。 遠い昔ポルトガルに渡り建築家として活躍後、郊外の町で自然に寄り添った暮らしをされている日本人Yさん。生き方・暮らし方について語るひとことひとことがとても重く、そしてあたたかく感じました。「どんなふうに生きてゆくのか」それはいつも考えていることだけれど、あらためてYさんに強く突きつけられた気がします。自分のしあわせってなんだろう。
またお元気なYさんとお会いしたいです。










旅をしてきました。リスボン3

2018.1.28

リスボンでは、一般の方のお部屋を借りるいわゆる「民泊ステイ」にトライしてみました。初めての経験です。 場所はリスボンの中心地からバスで20分くらいの静かな住宅街。細長い小さなおうちながら、朝は日光がたくさん入り、大きなテラスもあります。想像以上にセンスの良い部屋でとても居心地がよかったです。ホストはフリーランスの料理家、英語が堪能なのでコミュニケーションに困ることは一切なく、スーツケースが届かなかったアクシデントにも快く協力してくれました。キッチンは機能的に配置された調理用具がずらり。毎朝の食事は彼女が用意してくれたパンやチーズを自分たちで作って食べて。そんなことも民泊ならではの楽しかった思い出のひとつです。










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